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05.06
Wed
ご無沙汰しております。平戸懐古です。
2020年5月の文学フリマ東京の中止に代わり、Twitter上でエア文フリを展開しようという流れを見て、ぼんやり乗っかろうかと思い立ちました。
もともと5月の文フリ東京に出展する予定はなかったのですが、去年11月の文フリ東京でサークルれうにおん「こ・めでぃうむ」誌に訳載する予定で延期していたものを、せっかくなのでこの機会に放流したいと思います。

【作品】
ホレス・ウォルポール(Horace Walpole, 1717-97)
「自然の勝利 ―― 一幕の道徳劇」("Nature Will Prevail," 1773執筆, 1778上演)
【pdfデータ配布期間は終了しました。ありがとうございました。】

【紹介】
船の難破で無人島に流されたカレント氏は、妖精の女王アルマデインの怒りを買って「あるもの」を奪われてしまう。
そこに合流した素朴な娘ファイネット、狡賢い男パッドロックと噛み合わない会話を行なった末に、果たしてカレントは妖精に奪われたものを取り戻すことが出来るのか。
『象形文字譚集』(Hieroglyphic Tales, 1785)で遺憾なく発揮されたウォルポールの奇抜でシュール、不謹慎でナンセンス、どこかとぼけた独特の言語センスが炸裂する、苦笑必須のシェイクスピア『テンペスト』パロディ寸劇。

 *

最近ネットにあまり出ていないので、以下思いつくままに今年に入ってからのことを。ウォルポールの話はほぼありません。


上記のような流れゆえ「自然の勝利」の下準備の原稿はずっとPCに寝かせてあったんですが、5月入って蜜柑からエア文フリなる言葉を聞いて思い立ち突貫工事をしたものなので、台詞回しに難ありかと思わなくもないです。特にファイネットに向けたパッドロックの口調は軽薄な丁寧語でもよかったのでは。あと何回でも言うけど英文の地口を日本語に写し取るのはどうしても厳しい。ルビに頼るのは半分ほど黒死館仕込みの趣味ですがほかに対処を思いつかなかったためでもあり、ご容赦ください。「ウォルポールとアメリカ」というところについては(今回「自然」周りに眼を白黒させるばかりで力不足にぶちのめされましたが)もっと掘ってゆきたいと思っています。

去年は『Fate/Zero』からの『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』をキメたり『戦争獣戦争』、『エイダ』、『神狩り2』、『最後の敵』を一気読みしたり後半期には実話怪談を貪るようにドカ喰いしたり年末には小川哲 『嘘と正典』 とテッド・チャン 『息吹』 を立て続けに読んだりという感じでしたが、今年に入ってから小説をほとんど読めていません。

懐古はひたすらこちらの記事に言及される作業に集中し、関連書を集めては積んでいました。こちら現在4/5篇というところ。どのように読まれるのか今からはらはらしています。そうこうしているうちに外に出るなという社会情勢になり、もともと自分から外に出ないのであまり生活は変わらぬものの、この状況で吸血鬼やゾンビについて読み書きしていると凡庸に思うところがあったりもしますが、凡庸なので書きません。この関連でとりあえずマキシム・クロンブ『ゾンビの小哲学』、西山智則『ゾンビの帝国』 を読みました。早く他のものも読まなければ。なぜ吸血鬼を訳しているのにゾンビについて読んでいるのかはお楽しみ。

蜜柑のほうはお前早いとこ入院中のケンキウをまとめておきなさいと言われていたのでそちらに着手し、専門の論文や地盤固めになりそうな専門外の本ばかり読んでいました。そちらの進捗は現在七割ほど。うーん。間に合え。そういうわけでひたすら「小説の語り手」とくに「三人称」について考えています。ただしナラトロジーの整理からは離れたところで。その過程でとくにおもしろかった本。眼から鱗がじゃらじゃら流れ出て本を開いたところに堆積してゆくので読むのが大変でした。
 ・村岡晋一『対話の哲学』、『名前の哲学』
 ・柿木伸之『ベンヤミンの言語哲学』
 ・國分功一郎『中動態の世界』、『ドゥルーズの哲学原理』
 ・小柏裕俊『モンタージュ小説論』
 ・福尾匠『眼がスクリーンになるとき』
 ・ロベルト・エスポジト『三人称の哲学』
 ・ジョルジョ・アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』
だいたいモンタージュに関わるもの、つまり全体と断片の関係について書いてあるものと、人格と言葉の関係について書いてあるものに大別できるように思います。つまりナラトロジーよりも動的なイメージを考えたいというか、語りが発生してくる瞬間を捉えたいというか、そういう曖昧模糊とした深みに嵌りました。しかし得たアイディアを整理してゆくとけっきょく以前にエアミス研同人誌に投稿した「首吊り屋敷の密室」、「四重象徴殺人事件(仮)」、「霧のなかの彼女たち」、「小窓の奥の微笑みの」あたりで書いたことの追認になっていたりして、書いたことを忘れては読んで思い出し、成長がまるでない。

小説を読みたいと喚く蜜柑を尻目に、懐古はボルヘス『伝奇集』と『アレフ』を読み直し、新しく『ダンガンロンパ/ゼロ』と『アブサロム、アブサロム!』を読みました。つまり『ダンガンロンパ』、『スーパーダンガンロンパ2』、『絶対絶望少女』、『ニューダンガンロンパV3』をプレイしたということです。面白かった!! なんとゲーム環境が10年ぶりに戻ってきたのだ。Windows7のサポートが終わったからね。steamを導入した当初は狂ったようにゲームをしたので、ダンガンロンパ連作のほかにも Fran Bow、The Garden Between、Portal 1, 2、Return of the Obra Dinn、What Remains of Edith Finch など、これまで触れてこなかった謎解きゲームのジャンルを堪能しました。どれも外的・内的な廃墟を巡って昔日をプレイヤーのなかに構築してゆくような内容で、ガジェット的にはミステリ、ホラー、SFに分化するのだと思いますが、いずれもゴシックの文脈でイメージを貪ることができ、ビジュアルに惚れ惚れしました。しかし物語力がいちばん深々と心に突き刺さったのは『スーパーダンガンロンパ2』で、クリア後、一週間ほどは喪失感で心が駄目でした。

蜜柑のほうはこないだまで映画ばかり見ていましたが、最近は時間を区切れるので助かると30分のアニメあたりを見ており、「仮面ライダーアマゾンズ」、「ID: INVADED」を完走し、いまは「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を観ているところです。アマゾンズいきなりアニメじゃないじゃん。どれも面白かったですが、「ID」は『ジョージ・ジョースター』までで止まっていた舞城熱を再起させる素晴らしいSFミステリで、『ディスコ探偵水曜日』を再読したくて仕方なくなりました。

5月からはいわゆるオンライン講義とゆうやつを仕度せねばならず、あまりインプットもアウトプットも時間が取れそうになく思います。エア文フリをひとつ区切りに出来そうだということで参加したので、流れで備忘録をつけたらこんな分量になってしまった。11月の文フリがどうなるのか予断を許しませんが、いずれまた蜜柑か懐古か判りませんが、なにかの成果物を提げて不健康そうな姿をお見せできればと思います。
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